会長 挨拶

全日本ダットサン会 会長 佐々木 徳治郎

日産の旧車輌を歴史の彼方に埋没させることなく、1台でも多く動態保存として残したい。その為には、全国に散在する日産旧車をはじめ、多くの国産車を愛し活動している仲間を発掘・支援し、更には全国的に統合し、まとまりのある一つの活動体として、その組織体を作ろうと、1985年(昭和60年)に数名の仲間と共に立ち上げました。2020年現在、会員数も220名と大きな組織に成長させていただいたことを深く感謝しております。今後「全日本ダットサン会」が更なる隆盛への道となりますよう心から乞い願うとともにご指導・ご協力を賜りますようお願い申し上げます。

全日本ダットサン会 概要

所在地 〒108-0075 東京都港区港南2-3-26(東京本部)
FAX 03-6704-5237
WEB SITE http://www.datsunkai.jp
創立 1985年9月5日
会長 佐々木徳治郎
会員数 約220名(2020年12月現在)
対象車両 歴代日産車(プリンス車含む)戦前のダットサンから1975年式頃まで
ただし、会の許可があればそれ以降でもOKです。年は80年代、90年代の年式の車も増えております。
本部・支部 本部(東京) 支部(北海道、東北、北陸、関西、中国)
傘下クラブ 現在、16の傘下クラブが活動しています。
10人以上で会の許可があれば傘下クラブを作ることが可能です。
クラブ員が全員全日本ダットサン会の会員でなくても構いません。
(代表は会員であることが必須です。)
入会資格 上記対象車両のオーナーで、当会が承認すれば会員になれます。
また、対象車両のオーナーでなくても、一定の要件を満たせば会員になることが出来ます。
会費 年会費 2000円(運営費として)入会金は同額で初年度の年会費に充当します。

全日本ダットサン会の活動

「一台でも多くのダットサンを動態保存する」

イベント・ミーティング主催 ■ 品川クラシックカーレビューin港南(公開イベント)
■ ニッサンオールドカーフェスティバル(会員のみ、非公開)
■ ミニ・ダットサンミーティング など
イベント参加 ■ JCCA(日本クラシックカー協会)主催のイベント参加 
■ 全国各地のクラシックカーイベント参加 
■ 市民祭・交通安全イベント参加

<主な参加イベント> JCCA ニューイヤーミーティング、トヨタ博物館クラシックカーフェスティバル、お台場旧車天国、ノスタルジック2days、日本海クラシックカーレビュー、北海道クラシックカーフェスティバル、小樽クラシックカー博覧会、石和温泉郷クラシックカーフェスティバル、門司港レトロカーミーテ ィング、幸手クラシックカーフェスティバル、八王子いちょう祭りクラシックカーパレード、クラシックカーフェスティバルinところざわ、クラシックカーフェスタin 金沢、など他にもダットサン会本部または会員が多数参加しております。
ダットサン相談室 部品、錆除去、ペイント、技術指導(株式会社サファリモータース様ご協力)
メディア、イベント協力 ■ 各マスコミ、メディア等への取材協力 
■ 各種イベントへの出展協力 
■ 映画、番組への撮影協力
資料保存・研究 ■ オールドカーに関するカタログ等資料やミニカー等の保存・収集(日産自動車様にも提供実績あり)
■ 社会への知識貢献
部内活動 ■ 全国自動車博物館めぐり ■ 忘年会、新年会 など

お問合せ、入会申込等はこちらへ

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組織図

今、なぜ ダットサン。ダットサンことはじめに・・・

全日本ダットサン会 会長 佐々木 徳治郎

日本で生まれた懐かしの名車ダットサン。
小型車の代名詞で多くの人々に親しまれたダットサン。
立派な先人達が幾多の困難を乗り越え、このダットサンと共に日本の“くるま史”の1頁を築きあげてくれました。
しかし、この愛すべき、誇り高き名車の名が往々に消え去ろうとしているのです。これ程までにひとつの時代、生活に密着した産業技術は外に見当たりません。このままでよいのだろうか?ダットサンに寄せる熱き想い、その愛惜の念は私の脳裏に、胸底に焼きついて離れず、この名車ダットサンの動態保存を護り、その精神、その魂、その魅力の総てをいかに正しく次世代に継続させたものか…今の自分たち世代にこそ、義務と責任その使命が負わされていると思わずにはいられません。
明治の人力車、大正の自転車、昭和のダットサンと、思えば…

★私の学生時代(芝浦工大)自動車部の教材は、全てダットサンであり、仲間達とやりくりしながらの、楽しく乗りまわした車がダットサンであった事が、その後の私の人生に大きな影響を施した事は紛れもない事実であります。青春とは、その人のハートの中にあるものを指して言うのなら、ダットサンはまさに私の青春そのものであった訳です。

★その後、日産自動車(株)様の記念車のメンテナンスを仰せつかる好機を得て、私のダットサン熱もそのエンジンの如く、発火し人生バラ色ならぬ、ダットサン色に染まった輝きは、更に色濃く塗り替えられたのであります。日産自動車の大切な財産を公言して、相すまぬ事でありますが、何と言っても昭和初期のあの時代を力強く、しっかり働いてくれた多くのダットサンに対面出来るだけでも興奮でありますのに、メカ冥利に尽きる喜びと感激は筆紙に尽くせるものではありません。私達のまごころからの対応にダットサンも待ち望んでいたかのように、素直に答えてくれるのが又、実に嬉しいのであります。ピッカピッカにお化粧しますと、その気品溢れる素晴らしさは、あの時代、たくましく必死に生き抜いた純日本人の心、そのものを象徴しているかのように魅了され愛しさを増します。

★そんな人間の内面性、或いは高齢化を反映してなのか、社会全般、車に限らずだが、興味のターゲットがクラシックカーに向きつつあるのは事実で、世界共通の感を深めました。と申しますのも昭和62年(1987年)夏、私はダットサンレーサー(1936年式)と共にグレートアメリカンレースに参加出場して参りました。そこでは国境を越えた、数多くのクラシックカーレースのドラマが展開されました。アメリカという大国が刻む“人と車の大きな歴史”があり、豊かさがあり、クラシックカーのイベントの1つである“グレートアメリカンレース”も、カーマニアのスケールの大きいお祭りであります。大らかな規制で、人々は車と楽しむ国情の違い、車文化の違いを羨む面、学ぶ面、大いなる刺激の洗礼を受けて来ました。私のように国産のクラシックカー、ダットサンのみを愛し、その関りに誇りを持つ者にとって、この体験はいつか同士と共に国内での実現を、の想いに勇気と希望を授けてくれる源泉となりました。

★この様にして、私もダットサンとの出会いから数多くの関わりに一喜一憂の歳月を経てきた一人ではありますが、心強いことに全国にダットサン愛好家は無限に居られます。中でも意を同じくする力強い仲間の支援と、同胞に推され、昭和60年(1985年)9月 私を軸に全日本ダットサン会なる組織を日産自動車の膝元、当地(東京都港区)に誕生させ、既に幕は落とされています。さきに述べましての通り、永年心に秘め培ったダットサンを想う心の叫びを、21世紀に向け具体的実践するのみ、舞台装置は整いました。

依ってダットサン会には◆大切で且つ重要な使命があります。そして◆壮大な目標があります。更に、◆元、青年諸氏自身のロマンを育みながら新しい同志たちへ夢とロマンを与える喜びがあるのです。

●おかげさまで全国に同志も、ファンもずいぶん増えました。 ●東京本部には、小さくたって力があって、ピッカピッカのボディに胸はって元気はつらつのダットサンの顔も大分揃いました。 ●壮大な目標、ダットサンの資料館、記念館の夢も一歩一歩近づけています。 ●ダットサンに限る、技術者、認定書、発行者も数十名に達しました。 ダットサン愛好家の同志、諸兄!! 21世紀も もう間近です。 お互いの 愛車に寄せる 熱き想いを 21世紀の 虹の懸け橋として ご一緒に歩もうではありませんか。

 佐々木 徳治郎
(1990年頃執筆)